このさーたーブログを運営する目的はギフトで溢れる世界をつくる事です。
そんな世界になっていくためには何ができるのか。
私はほんの小さな思いやりを持つことで、ギフトで溢れる世界に少しずつ近づいていくと信じています。
ですが、現実はそう楽観的ではありません。
だれもが目の前のことに必死になっています。仕事、家事、育児、介護、勉強、、、、
人類はみな多忙なのです。誰もが何かの悩みを抱えて、何かに追われながら生きているのがこの世の中のような気がします。
そんな中で自分ではなく、誰かにベクトルを当て、小さな思いやりをもつことは難しいでしょうか。自分や家族のことで精一杯で、外には目を向けられないときもありますよね。
そんなときに思い出してほしい考え方を提案します。
地球史で考えると人類はつい最近生まれた
その考え方は、人間を「地球で生まれた生物のただの1種でしかない。」と考えることです。
いきなり何を言っているんだと指摘されそうです。笑
しかしこれは事実です。
地球上に見つかっているだけで125万種の生物が存在しています。研究者曰く発見・分類されていない生物を合わせると、なんと870万種存在しているそうです。
人間は870万分の1の存在でしかありません。
またまた膨大な数字のお話で申し訳ありませんが、ひとつ問題を出題させていただきます。
【問題】
「地球が誕生した日を1月1日、あなたがこの記事を読んでいるその日を12月31日と想定します。ではこの仮想の1年間の中で、人類が誕生したのは何月何日でしょう?」
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答えはあなたがこの記事を読んでいる日、12月31日です。
何なら12月31日の夕方に人類は生まれています。笑
地球史からすると人類はほんの最近誕生した生物ということがわかりますね。
今回、何が言いたかったというと「人生を生物学的な意味で考える」のはいかがですか、
ということです。
人類はこの地球にたまたま生まれた生物の1種であり、生まれたことに大きな意味なんてないのです。
地球史のスケールを考えると、目の前の悩み事が小さなことに見えるのかもしれません。奇跡的に最近誕生した生物の中の1人だと考えれば、生きているだけでラッキーと思えるかもしれません。
今回はこんな考え方もあるよ、という投稿でした。この考え方を皆様に押し付けたいということではありません。こんな考えをベースにもっていれば、小さな悩み事が気にならなくなり、自分に向けられていたベクトルを誰かに向けることができる。つまり視野が広がる考え方のひとつなんじゃないかな~なんて思っています。
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